「ヨガのポーズ(アーサナ)」と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
体が柔らかい人の曲芸のようなポーズでしょうか。
実は、ヨガのアーサナには8400万もの種類があると言われています。
そしてその一つひとつには、単なるストレッチ以上の「生き方のヒント」が隠されています。

これは15年前、ヨガの本として出版される予定だった原稿の一つです。
ヨガをする人にとって、知っていて損はない、ちょっと大切なお話☆
今回は、バランスのポーズで体がグラグラしてしまう理由、そして私たちが追い求めてしまう「安定」の正体についてお話しします。
8400万のアーサナに込められた「万物への敬意」
ヨガと聞くと何を思い出しますか?
その独特なポーズをイメージする方が多いのではないでしょうか。
昨今ではヨガ=ポーズというくらい、ポーズが有名になっています。
ヨガではこのポーズの事をアーサナと呼びます。
ではこのアーサナ、いったいいくつくらい見た事がありますか?
全くヨガをご存じない方でも、TVや雑誌で2・3個は目にした事があるのではないでしょうか。
それではいったい、ヨガのアーサナっていくつあるのでしょうか?
16~17世紀に編纂されたハタヨガの経典によると、なんと8400万ものヨガのアーサナがあると書かれています。
8400万なんて、あまりに膨大な数でいったいどこから来た数字なのだろうと不思議になるかもしれません。
けれど、この数字にもちゃんと意味があります。
これは森羅万象、天地間に存在する数限りないものの数とされています。
世の中で、何も人間だけが偉いわけではありません。
この世の中に存在するものは何であれ、私達と同じ貴重な存在です。
大昔のインドの方達はそんな思いを持ち、その一つ一つを大切に尊んでいました。
そして、それぞれの優れた部分を見習い、その対象から学ぶ姿勢を持っていました。
そこから作られたのが、ヨガのアーサナです。
- 木のポーズ(サンスクリット語ではヴリクシャ・アーサナ)
- コブラのポーズ(ブジャンガ・アーサナ)
- トラのポーズ(ヴャーグラ・アーサナ)
- 鷲のポーズ(ガルダ・アーサナ) …etc
ヨガのアーサナにはこういった生物の名前が多くありますが、偶然ではないのです。
ただ単に、たまたまそのポーズと形が似ていたからつけられた名前ではなく、まずその名前の対象がありきです。
その対象の肉体的(表面的)部分だけではなく、その特質や内面的な部分をも尊び、見習って作られました。
その為、アーサナ一つ一つ、それぞれが肉体的な効果だけではなく、精神的にも様々な学びを得られるように出来ているのです。
なぜバランスのポーズで「力を入れて」はいけないのか
例えばヨガのクラスに参加すると、よくバランスのアーサナをすると思います。
バランスのアーサナは肉体のバランス感覚を養うのはもちろんですが、心のバランス感覚を養う為にも作られています。
だいたい、初めてのバランスのアーサナでは上手にバランスが取れずに身体がグラグラしてしまいます。
そうすると誰しも、そのグラグラを止めようとギュッと身体に力を入れます。
安定してバランスを取っている人はまるで止まっているかのように見えるので、自分自身も止まろうと頑張ってしまいます。
でも、本来私達は止まる事がありません。
私達は無意識であっても呼吸をしていて、内臓が動いていて、生きている限り身体が微動だにしない事はあり得ないのです。
死なない限り、物のように止まる事はありえません。
それなのに、力づくでその揺れを止めようとする事で、逆に身体の色々なところに負担をかけてしまいます。
力のある人は、ある一定の時間は力で止まる事が出来るかもしれません。
けれどその状態は長くは続きません。
そして、やはり自身に負担をかけている事に変わりはないのです。
本来、安定したバランスは力づくで行うものではありません。
自分の揺れ、生きている証を受け止めて、バランスを取り続けるものです。
常にバランスを取り続ける事であって、物のように止まる状態ではないのです。
余計な力の抜けた正しいバランスは、全く自分に負担をかけずにバランス感覚を養う事が出来ます。
そして身体を使ってバランスの練習を続け
『安定=バランスを取り続ける事』
という感覚を知識ではなく体得できるようになると、肉体的なバランス感覚だけではなく、心や生活のバランス感覚に繋がっていきます。
私たちが追い求める「安定」という名の幻想
私達はよく、『安定』を望みます。
『安定』した心が欲しいと思うかもしれません。
就職の時には『安定したお仕事』に就きたいとか、『安定した会社』に勤めたいと希望する方も多いでしょう。
結婚の時には相手の男性に『安定した経済力』を望み、『安定した性格』を望むかもしれません。
明日潰れるか、明後日潰れるかというような会社で働きたいとは思わないでしょうし、その日暮らしで来月にお給料が入って来るかも分からないような相手や、気分のアップダウンが激しすぎるような人と結婚したいとは思わないでしょう。
それはもしかしたら『安定』を選ぶ為に、本当にやりたいお仕事や、本当に好きな人を手放す事になるかもしれません。
けれど実際、この無常の世の中で「ずっと変わらない」と言う意味合いでの「安定」は幻想です。
肉体が物のように微動だにしなくなる事と同じくらいあり得ません。
それなのに私達は力づくで変わらない状態を保とうとします。
もしくは何かを永遠だと思い込んだりします。
頭で分かっているつもりでも、この世の中の無常さを本当には受け入れられていな事で、自分の心や生活に大きな負担をかけてしまいます。
心が安定しているように見える人は、心のバランスを取り続けているのです。
その人に何も起こらないわけでも、何にも反応せずに心が止まっているわけではなりません。
生活が安定して見えている人は、生活のバランスを取り続けているのです。
毎月毎月全く同じ行動で同じ収支が繰り返されているわけではありません。
結婚が安定して見えている人は、相手とのバランスを取り続けているのです。
お互い一度も何の不満も出ない事なんてありえません。
そして、例えどんなに悲しい事や辛い事が起こったとしても、それもやがて過ぎ去る事で永遠ではありません。
比較的簡単にバランスを取れるアーサナでも、バランスを取るのが難しいアーサナでも、やっている事は結局同じです。
その揺れを受け止めて、バランスを取り続けるだけ。
それが身体に染み込めば、心も生活も、その不安定さに対する恐れが無くなります。
確かにバランスのとりやすいお仕事、とりづらいお仕事、とりやすい相手、とりにくい相手、大きな出来事、小さな出来事、色々あります。
でも、そのどちらを選んだとしても、何が起こったとしても、いつも同じように常に変化を受け止めて楽しくバランスを取り続けるだけです。
子供の頃のように「グラグラ」を楽しめたなら
子供の頃、わざと不安定な場所に立って片足でグラグラとバランスを取るのを楽しんだ事がありませんか?
大人に「危ないからやめなさい」と言われても、楽しいのです。
グラグラを恐れて抵抗するのではなく、それそのものを受け入れて味わえば楽しいものなのです。
安定に対する変な幻想が消えたら、人生に対するグラグラも受け入れて楽しむ事が出来ます。
本当に好きな事、本当に好きな人、本当に好きな生き方…楽しんで進んで行けそうな気がしませんか?
バランスのアーサナ一つとっても、肉体的な事だけでなく、これだけ自由に生きる強さを得るヒントが隠されています。
そしてまたバランスのアーサナという大きな括りだけでなく、木のポーズ、鷲のポーズ、馬のポーズ…etc、それぞれのバランスのポーズでそれぞれの名前の分だけ肉体的にも精神的にも得られるものがあります。
アーサナも、ただの肉体の鍛錬のみならず、全側面での健康、そして本当の幸せに導いてくれる大切な手段なのです。
是非、ご自身でじっくりとアーサナに取り組んで、心身共に健やかで美しくなって頂けたらと思います。
※英語や日本語のポーズ名は、インドのサンスクリット語の名前を直訳したのではなく、見た目の印象で全く別に付けられた名前も多いのでアーサナの本当の意味を表していない場合もあります。
15年後の私より
15年前に書いてお蔵入りした記事を公開してきました。
今回で5つ目です。
冒頭にも書きましたが、この5つの記事は、当時ヨガの本出版のお話があり、その為に書いたものです。
出演予定のインストラクターたち皆のヨガの写真撮影も終わり、原稿も集まり、さぁ、形になるぞ、と言うところで諸事情により頓挫してしまいました。
なので、この5つの記事は結局日の目を見ることなく終わっています。
この記事を書いた15年位前、私はこの後、自分の人生の様式が大きく変わるであろう事を予感していました。
結局それは的中するのですが、その時、もちろんその未来を知っていたわけではなく、何となくそんな気がしていたのです。
だから、私が話せる、昨今主流の西洋的なヨガではない【本来のヨガ】のお話を、そこに残していきたい、そんな気持ちがありました。
ヨガの話なんてしようと思ったら多岐にわたって出来る中、考えて考えて、より皆さんに届きやすそうなテーマとして選んだ5つです。
そこからこの記事はノータッチで見る事もありませんでした。
そして15年の時を経て、再び自分で確認してみました。
結果、当時と今と、お話したい事は何も変わっていない事が分かりました。
と言うか、当時も今も、私は【ヨガの話】をしているので、変わり様が無いのです。
【私の話】や【私の考え】を述べているわけではありません。
このブログ自体、私が話せるヨガの話を、それが役に立つかもしれない誰かの為に残しておこう、との思いで始めています。
だから、分かりやすいエピソードとして私の話を持ち出す事はあっても、私の話をしているわけではないのです。
この無常の世の中で、もしあなたが本当のヨガに触れる事が出来たら、それはおそらく強烈に大きな光としてあなたの中の指針になることでしょう。
今あなたの触れているヨガが、誰かの思考や気持ち(私感)であるのか、時代も立場も状況も文化も関係ないものなのか。。
そこには大きな違いがあります。
で、15年前にこんな事を書いている私の人生のチョイスは、常に【安定】と言う言葉とは真逆。
そのバランスを取り続ける事を楽しめない時もありながら、楽しみ続けています。

人生のグラグラを子供のように楽しんで歩んでいきたいですね♪


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