「ヨガ(Yoga)」という言葉の本当の意味を知っていますか?
それはサンスクリット語で「結ぶ」「ひとつになる」という意味。 私たちは日常の中で、驚くほど「心と体」がバラバラになっています。そして、身近な人との関係も。

15年前、毎日100名近くの方とヨガの時間をご一緒していた私が伝え続けていた、「本当の調和」への厳しい?道標です。
ヨガの語源「ユジュ(つなぐ)」が教えてくれること
ヨガという言葉はいったいどうゆう意味なのでしょうか?
このヨガという言葉、インドのサンスクリット語でユジュ=馬と馬車を繋ぐ、合一する結ぶという言葉が語源になっています。
その為、ヨガという言葉も合一する、結ぶという意味の言葉とされています。
ではいったい何を合一するのでしょうか?何を結ぶのでしょうか?
大宇宙と自分自身を合一します。
神様と自分自身を合一します。(日本人にはあまりピンとこないかもしれませんね)
大自然と自分自身を合一します。
この世の中は、ありとあらゆる相反するもので出来ていますが、そういった相反するものを結びつけて一つにしていくのがヨガです。
ヨガのクラスではよく、最初と最後に手と手を合わせて合掌をします。
これも、右の手と左の手、太陽と月、相反するものを一つにしていくというちゃんとした意味があるのです。
「心」はいつも、どこか遠くへ出かけていませんか?
私達の日常の大部分は体と心はバラバラになっています。
体は仕事をこなしながら、心はさっきした別の仕事のミスを繰り返し考えている。
歩いて帰宅しながら明日の予定の事を考えている。
お料理をしながら家族に対する心配や不満を考えている。
いつだって、体自体はここにいるのに、心はどこか遠くにいるのです。
少し思うだけでこうした状況は誰にでも思い浮かぶと思います。
こうした体と心が離れた状態が繰り返されれば繰り返されるほど、気付かないながら自身の心身に多大な負担をかける事になります。
その積み重ねの繰り返しで体や心が不健康に、様々な不調和を生み出します。
また、本来人間もこの大宇宙、大自然の一部であり、何も人間が単体で成り立っているわけではありません。
それなのにそのつながりを忘れて大自然とはバラバラに、単体で成り立っているかのような行動を続ける事によって様々な不調和を生み出します。
昨今では地球規模で環境問題が大きくなっていますが、人間と自然がバラバラになってしまった結果なのでしょう。
このように、本来一つであるべきものがバラバラになる事によって、苦しみや痛み、不調和や不健康が起こるとヨガでは言われています。
ヨガのクラスでアーサナを行う事は、このバラバラになった体と心を一つにする練習です。
している事と心の中がバラバラなのが当り前になってしまっている日常から、今、この瞬間に自分がしている事(アーサナ)にしっかり意識(心)を向ける事は自分を調和していく事に繋がります。
よく大した動きをしなかったのにヨガのクラス自身の後に心身共にクリアになった感じがするのはその為です。
地球環境も、夫婦喧嘩も、根本は同じ「分断」から
自分自身を本当に幸せに、全側面において健康にする為には、体と心を一つにする練習だけではなく、自分自身をあらゆるものと結びつける事が大切です。
例えば人と人。
私達は誰しも『世界平和』を望んでいると思います。
時には世界平和について口に出して何かを訴えるかもしれません。
でも、自分の足元を見てみるとどうでしょう?
夫婦間で喧嘩が絶えない。
パートナーに不満がある。
親子の間が上手く行っていない…。
大きなぶつかり合いが無い2人でも、実はお互い心に不平不満を抱えている事は多いと思います。
また、家族は本当に円満だという方でも、一歩外に出たらどうでしょうか?
職場の誰かを憎んでいる、友達の誰かが実は嫌いだ、等々、きっと思い当たる事があるでしょう。
夫婦、そしてパートナー、家族は相反する別々の人間同士の最小単位です。
その最小単位の調和が取れない人が、もっと大きな単位の調和を取れるのでしょうか?
会社、お友達、ご近所付き合いなども、家族よりもう一つ大きくなった人間関係の小さな単位です。
その小さな単位での調和さえ取れない人が、もっと大きな単位の調和を取れるのでしょうか?
自分の身近なもの、自分の足元にあるものを見直すのはとても難しい事です。
しっかりと向き合う為に、時には痛みを伴うかもしれません。
「世界をどうこう」とか「日本をどうこう」とか、自分からかけ離れた事を口にする方が実はとっても簡単だったりします。
自分に言い訳をせずに向き合う、それが「日常のヨガ」
合一する、結ぶ、という意味のヨガ。
それは、そんな本来ならば見ないふり知らないふりをしたい自分の一番身近な部分から目をそらさずに見つめなおしていくことです。
体も心も行動も身の回りも、自分の事なのに意識が持てていなかったり、言い訳をしてごまかしをしていたりする部分がとても多いものです。
それとしっかり向き合っていく事が、日常における大切なヨガです。
自分の体に言い訳せずに隅々まで意識を持つ事が出来たら、今よりずっと健やかになります。
自分の心に言い訳せずに隅々まで意識を持つ事が出来たら、今よりずっと穏やかになります。
そして、そんな健やかで穏やかな人同士、夫婦が本当に調和して幸せならば、きっとそのまた両親や子供とも調和した幸せな家庭が築けます。
そんな調和して幸せな家族ばかりが集まった町ならば、その家族同士も調和して幸せな町が出来上がります。
そしてさらにそんな町同市が集まったなら…と、その先どんどんと広がって調和した幸せな世界が出来上がります。
自分自身と向き合う先には、素敵な世界が広がっています。
遠く離れた事を口先で言うのではばく、自分の一番身近なところから一つ一つ調和していくのがヨガです。
15年後の私より
これを書いてから約15年がたち、私も世界も色々な経験をし、色々な変化をしました。
その結果、書いてある事に対して考えが変わったかと言うと、それは「NO!」です。
まぁ、そもそも、私はヨガを伝える時に「私の考え」を伝えているのではなく、「ヨガの考え」を伝えています。
分かりやすくかみ砕く事はありますが、私流に捻じ曲げる事だけはしないようにとずっと心がけてきました。
以前このお話をした時に、「厳しすぎるからもう少し譲歩して~」と言われた事があったのですが、ヨガの話はヨガの話です。
私が主張を譲歩するとかではありません(笑)
そんな私、この15年で、当時以上に
「同じ言語を話していても、同じ文化の中にいても、全く言葉が通じない人がいる」
と言う経験をたくさんしています。
そして、自分自身の頑張りや行動では全くどうにもならない問題にも多々直面しています。
感情や行動が全く制御できない人が世の中にはたくさんいる事も知りました。
そんな中でも、常に沸き上がる自分の思考、自分の感情から逃げずに向き合い、考え、言い訳をしたり誤魔化すことが無いように、自分自身と向き合い続けています。
自分の身近な人と調和を取っていけるように、足元を見つめながら励んでいます。

これって本当に大きな苦痛を伴う作業であるのと同時に、何か、どこか、得も言われぬ楽しさのある事なんです。
世界では戦争があちこちで勃発中。
ニュースを見るだけで、とても悲しくなります。
文化や言語が同じ人々でも調和するのは難しいのに、文化も言語も違う人々が調和するのはどれほど難しい事でしょう。
一人ひとりが今隣にいる人と手を取り合える世界になればと願います。
世界にヨガを。


コメント