
最近ヨガを始めたけれど、これってただのストレッチ?

そもそもヨガっていつからあるの?
そんな疑問をお持ちの方へ。
実はヨガの歴史を辿ると、私たちが日々感じている「幸せになりたい」というシンプルな願いに突き当たります。

今回は、15年前に私が綴った「ヨガのルーツ」を紐解きながら、ポーズだけではないヨガの深い魅力についてお話しします。
ヨガの始まりは「幸せになりたい」という願いから
『幸せになりたいな♪』
これは、誰しもが心の中に持っている思いです。
この広い世界の中には80億以上もの人がいて、皆それぞれ個性があり違う思想や信念を持って生きています。
それでも皆、この『幸せになりたい』という思いだけは全人類共通で持っているのです。
世界中で行われている全く両極端のように見える行動でも、その行動の根本を見つめてみると、それぞれの『幸せになりたい』『幸せでいたい』という思いからなっているのが分かると思います。
これは何も現代に生きる私達だけの気持ちではありません。
何千年も前に生きていた人達も、私達と同じように人生に悩んだり苦しんだしして
『幸せになりたい』
という同じ思いを持っていました。
この『幸せになりたい』という思いこそ、ヨガの始まりです。
5000年前の遺跡に刻まれたヨガの形
では、歴史的に見るといったいいつからヨガはあるのでしょうか?
現在記録に残っている一番古いものとして、今から約5000年も昔のインダス文明まで遡ります。
インダス文明の都市のひとつであるモーヘンジョ・ダーロの遺跡の中から、まるでヨガで行うような坐を組んでいる人(もしくは神)が描かれている粘土で作られた印章が発見されました。
出典:ウィキメディア・コモンズ
とは言え、当時の文字がまだ解読されていないので、実際これが何を描いたものなのかは分かっていません。
もしこれがヨガの坐であるならば、確実に5000年前にはヨガをしていた人がいたという事になります。
一方、インドのヨガ行者さん達はよく
とおっしゃいます。
なんだか嘘みたいな話ですが、本当にそうかもしれません。
記録として見られる最古のものが5000年前というだけで、『幸せになりたい』という人間の根本的思いは人間が現れたその時からあったものでしょう。
そう考えるとヨガは、私達には想像もつかないくらい大昔から実践し続けられてきたものになりますね。
瞑想だけがヨガじゃない?4つの古典的な流派
ラージャヨガ【王道のヨガ】
当初のヨガは昨今私達がよく目にする、色々なポーズをするものとは少し違っていました。
『心統一』=心と体を一つにし、さらに大いなるものとの一体を目指し、坐って瞑想をする事が中心です。


確かに「幸せだなぁ」とか「不幸だなぁ」と感じるのは私達の心の中なので、その揺れ動く心を静かにする事は『幸せ』に繋がりそうですね。
これをラージャヨガと言い、日本語では【王道のヨガ】【王様のヨガ】等と訳されます。
その名の通り、『幸せ』を目指すヨガにおいて、一番王道で真っ直ぐな道と言われています。
一番王道で真っ直ぐな道なら、皆がそれをすれば幸せになれるのでは?と思うかもしれません。
確かにその通りなのです。
けれども、少し考えてみるとあまり現実的ではないのが分かると思います。
来る日も来る日も、ただ坐って瞑想する日々。
そんな生活を送れる人がいったいどれくらいいるのでしょうか?
皆それぞれ家族がいたり、仕事があったり、捨てられない生活が色々あります。
その全てを捨てて瞑想の道に入る事が出来るのはごく限られた人だけになると思います。
それが出来ない限り『幸せ』になれないのだとしたら大半の人が幸せにはなれなくなってしまいます。
その為、このラージャヨガだけではなく、私達が日常生活を送るなかでも行える様々なヨガの流派が生まれて来ました。
ジニャーナヨガ【智慧のヨガ】
まずはジニャーナヨガ、日本語では【智慧のヨガ】と訳されます。
自己を認識するヨガです。真実を見抜く為の智慧(知識と智慧は別物です)をつけ、知的な分析や解析により幸せになります。
バクティヨガ【愛と献身のヨガ】
次にバクティヨガ、日本語では【愛と献身のヨガ】と呼ばれています。
神様に絶対的信愛をささげ献身する事で幸せになるヨガです。
無宗教者の多い私達日本人にとっては馴染の薄いものかと思いますが、世界では宗教・信仰を持つ方の方が多いので最も始めやすいヨガとも言われています。
カルマヨガ【行為のヨガ】
最後にカルマヨガ、日本語では【行為のヨガ】と呼ばれていて、一般の人には一番とっつきやすいヨガです。
結果に捕らわれる事なく、その行為そのものに専念するヨガです。
義務を怠らずに遂行する事も大切です。
日々の行為のあり方を改善する事で幸せになります。
| 流派 | 意味 | アプローチ | こんな人におすすめ |
| ラージャ | 王道のヨガ | 瞑想で心を静める | じっくり自分と向き合いたい |
| ジニャーナ | 智慧のヨガ | 知識や分析で真理を知る | 考えること、学ぶことが好き |
| バクティ | 愛のヨガ | 神や対象への献身 | 感情を豊かに表現したい |
| カルマ | 行為のヨガ | 見返りを求めず行動する | 日常の仕事や家事を大切にしたい |
こうして、瞑想に重きを置いた方法だけではなく、日常生活を送りながらでも取り組みやすいヨガの行法が生まれました。
この3つも1~2世紀ごろには、すでに体系立てて後世に引き継がれていた大変歴史の深いものです。
このラージャヨガ、ジニャーナヨガ、バクティヨガ、カルマヨガの4つが古典的なヨガの流派になります。
私たちがよく知る「ポーズ」のヨガは、実は新しい?
そしてもう一つ、これら4つより少し遅れて体系立てられた流派があります。
それが、ハタヨガ、昨今私達がよく目にするポーズを行うヨガの形です。
「ハ」は太陽・陽エネルギー、「タ」は月・陰エネルギー、そして二つ合わせて「ハタ」は力を意味します。
太陽と月、相反するものを一つにして力を得るイメージでしょうか。
私達はこの世の中で何をするにも必ず肉体を使って行っています。
瞑想をするにも、生活をするにも、何か行為を行う時には必ず肉体を使っています。
思った事、考えた事を行動に移すにも、それを形にするにも、全部肉体があってこそなされるものです。
逆に言うと、この肉体がなければ瞑想も行動も何も出来ません。
肉体があったとしても、不具合が大きければその分何かを成すのが難しくなります。
その為、この肉体を大切に、最大限活用するようにされているのがハタヨガです。
新星現る!ハタヨガ
ハタヨガは、実に16世紀頃には体系立てられて後世に伝えられていました。
ラージャヨガの前段階との位置づけとも、他の4つの流派とは一線を画している存在ともされています。
昨今私達がヨガの種類だと思っている、パワーヨガ、リラックスヨガ、ホットヨガ、アシュタンガヨガ、アイアンガーヨガ…などなど、肉体を使ってポーズを取っているヨガは全てこのハタヨガの一種になります。
この中ではわりと伝統的なヨガのように語られるアシュタンガヨガ(経典ではなくアシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ)やアイアンガーヨガなども実はこの100年内に興った種類で、歴史深いヨガの中ではかなり新しいものになります。
インド古来のヨガに欧米的なエクササイズや解剖学の要素が取り入れられた事で私達の生活に大きく広がりました。
時に現代的な要素が取り入れられすぎて、本来のヨガの目的とずれてしまっているものもありますが、ヨガに触れる機会が増えてくれた事はとても喜ばしい事だと思います。
現代ではエクササイズとしての側面が強いヨガですが、その根底には数千年前から変わらない「心の平穏」への願いが流れています。

今日、マットの上で取るそのポーズも、長い歴史の一片だと思うと、少し違った感覚を味わえるかもしれません。
15年後の私より
もうすぐヨガを伝え始めて20年になる私。
15年前に書いたこの記事、正直今の私には書けません。
当時、毎日100人以上の方々とヨガの時間を共にしていた私は、そんなスタジオでヨガを楽しんで下さっている一人一人に伝わるようにと分かりやすい言葉を選んで簡素に伝えている気がします。
今の私が書いたら、きっともっとマニアックな文章になってしまう(涙)
全ては変わりゆくもので、それもまた常ですね。
最後まで読んで下さったあなたに、若き私自身に思いを馳せながら、感謝の意を伝えたいと思います。
ありがとう。

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